転職しないと決めるにも材料は要る

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調べた結果、残ることにした人

※ 以下に登場する人物は、よくある状況をもとにした架空の事例です。特定の個人や企業を指すものではありません。

中村さん(26歳)は都内の物流会社で働いています。三年目に入ったころ、このままでいいのかという気持ちが強くなり、転職について調べ始めました。

職務経歴書を書き、同じ職種の求人票を20件ほど並べ、面談も一度受けました。そして半年後、中村さんはいまの会社に残るという結論を出しました

ただし、調べる前と後では、仕事への向き合い方が変わっていました。自分の給与がなぜこの水準なのかが分かり、あと何年でどこまで行けるかも計算できるようになったからです。

そして何より、残っているのではなく、残ることを選んだという感覚を持てるようになりました。

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「活動する」と「辞める」は別の行為

転職活動という言葉が、この二つを混ぜてしまっています。実際には、あいだにいくつもの段階があります。

📐 確かめる行為と、辞める行為の距離

職務経歴を書き出す

誰にも知られず、一人でできる。ここまでは完全に内部の作業。

求人票を読む・面談を受ける

相手が発生するが、応募ではない。断っても関係は残らない。

選考に進む・内定を受ける

ここで初めて具体的な選択が発生する。

退職を申し出る

辞める行為はここ。前の段階とは性質が違う。

最初の段階は、誰にも知られずにできます。自分が何をしてきたかを書き出すだけなので、会社にも家族にも影響しません。

次の段階も、思われているほど重い行為ではありません。選考ではない面談の形式が広く使われるようになっており、その場で断ることもできます。詳しくはカジュアル面談の記事にまとめました。

実際に不可逆な決断が発生するのは、かなり後ろの段階です。それなのに、多くの人は最初の一歩を辞めることと同じ重さで考えています。

この誤解が、確かめる行為そのものを止めてしまいます。確かめないから分からず、分からないから動けないという循環に入るわけです。

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確かめずに残ると、何が起きるか

確かめないまま同じ場所にいると、不満だけが残ります。給与が低いのか、それとも自分の見方が偏っているのか。判定できないまま、もやもやが持続します。

そしてこの状態は、周囲にも伝わります。不満を抱えたまま働いている人は、態度に出ます。結果として評価が下がり、さらに不満が募るという流れになりがちです。

もうひとつ起きるのが、判断の先送りです。いつか考えようと思いながら年月が過ぎ、気づけば動きにくい年齢になっている。先送りは無料に見えて、選択肢を少しずつ削っています

逆に、確かめたうえで残った場合はどうなるか。中村さんのように、給与の理由が分かり、見通しが立ちます。不満が消えるわけではありませんが、納得できない部分がどこなのかが特定できるようになります。

特定できれば、手が打てます。等級を上げるために何が要るのかを上司に聞く、担当を変えてもらえないか相談する。漠然とした不満のままでは、こうした行動につながりません。

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確かめるための最小限の手順

大がかりな活動は必要ありません。三つやれば、おおよその位置が分かります。

ひとつ目が、職務経歴の書き出しです。この一年で何をしたか、どこまで任されたかを書いてみる。書ける行が少ないと感じたら、それ自体が情報です。

二つ目が、同じ職種の求人票を10件以上並べることです。提示水準を見るときは、額面ではなく固定残業代を引いた実質で比べます。この見方はみなし残業の記事で扱いました。年収の差がどこで生まれているかは同じ仕事でも年収が違うのは制度の差にまとめています。

三つ目が、社外の人と一度話すことです。同じ職種の知人でも、面談でも構いません。社内の物差ししか知らない状態から抜けるのが目的です。

なお、こうした行為をしておくと、将来の選考でも効いてきます。前職の関係者に働きぶりを照会するリファレンスチェックのような手続きがある以上、日頃の働き方と人との関係が、そのまま選択肢の広さになります

なぜ、最初の一歩が重く感じるのか

職務経歴を書き出すだけなら誰にも知られないはずなのに、それすら手が止まる。この感覚には、いくつか説明のつく理由があります。

ひとつが、これまで投じてきた時間を無駄にしたくないという心理です。この会社で積んだ年数を考えると動きにくい、という感覚は多くの人が持ちます。行動経済学でサンクコストと呼ばれる、すでに戻ってこない費用に判断が引きずられる傾向にあたります。

ただ、過去に投じた年数は、これから先の判断を良くする材料にはなりません。判断すべきなのは、ここから先の数年をどう使うかだけです。

もうひとつが、いまの状態を変えること自体への抵抗です。人は選択肢が同じ価値であれば、現状のほうを選びやすいという傾向が知られています。悪くない職場であるほど、この力は強く働きます。

三つ目が、知ってしまうことへの恐れです。調べた結果、いまの待遇が低いと分かってしまったらどうしよう、という感覚。あるいは逆に、自分の市場価値が思ったより低いと分かるのが怖い。

この三つ目は、実は理にかなっていない部分があります。調べても調べなくても、自分の市場価値そのものは変わりません。変わるのは、それを知っているかどうかだけです。

知らないことのコスト

知らないままでいると、判断が全部後ろにずれます。転職を考える場面は、多くの場合こちらの都合ではやってきません。異動の内示、組織の再編、希望退職の募集。

そのときになって初めて調べ始めると、時間が足りません。特に希望退職の募集は期間が二週間程度のこともあり、その中で人生の設計を決めることになります。

普段から自分の位置を知っている人は、この場面で慌てません。備えとは、動くことではなく知っていることです。

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確かめた人が手に入れるもの

実際に確かめた人が得るのは、転職先だけではありません。むしろ、残った場合に効いてくるもののほうが多いくらいです。

ひとつが、上司との会話の質です。漠然と不満を訴えるのと、「同じ職種の相場がこの水準で、自分はここにいる」と具体的に話すのでは、返ってくるものが違います。

制度の話として持ち込めば、上司も動きやすくなります。等級を上げる要件を確認する、担当の範囲を変えてもらう。材料があると、要望が交渉の形になります

もうひとつが、日々の受け止め方です。ここにいる理由が説明できる状態は、思っているより効きます。同じ不満があっても、選んだ結果としての不満と、選べないことによる不満では、消耗の度合いが違います。

三つ目が、次に来る機会への備えです。職務経歴書を一度作っておけば、更新は簡単です。社外に話せる相手がいれば、情報も入ってきます。これらは動かなくても残ります。

動かないと決めたあとにやること

残ると決めたら、その決定に期限をつけておくと形骸化しません。一年後にもう一度確かめる、と決めておくだけで十分です。

そして、確かめた結果として見つかった課題には手をつけます。等級が上がらないのが原因なら、その要件に取り組む。担当が固定されているなら、範囲を変える相談をする。

ここまでやって状況が変わらなければ、そのときは判断の材料が一つ増えたことになります。働きかけても動かない環境だと分かること自体が、次の判断を早くします

なお、社外の人との関係は切らずにおくほうが得です。将来の選考で前職や知人に働きぶりを照会する手続きが入ることもあり、日頃の関係がそのまま選択肢の広さになります。

誰に相談するかで、答えが変わる

迷ったときに相談する相手を間違えると、判断が歪みます。相手によって立場が違うためです。

社内の上司や先輩は、利害関係者にあたります。引き止める動機が働くのは自然なことで、その人が悪いわけではありません。ただ、中立の助言は期待しにくい立場です。

家族は、安定を優先する方向に傾きやすくなります。生活への影響を受ける側なので、これも当然の反応です。相談する価値はありますが、判断材料を揃えてから話すほうが建設的に進みます。

最も参考になるのは、同じ職種で別の会社にいる人です。仕事の中身が分かったうえで、社内の力学から離れて話せます。学生時代の友人や、前職の同僚がこれにあたります。

そういう相手がいない場合は、まずその状態自体を認識しておくとよいでしょう。社内の物差ししか持っていない状態では、何を比べても社内の基準で判定してしまいます。

相談相手を増やすこと自体は、転職とは関係なくできます。同業の勉強会でも、前職との連絡を切らないことでも構いません。判断の材料は、必要になる前に集めておくほうが安く済みます。

💡 残るか動くかを決める前に

  • 職務経歴を書き出す。書ける行が少ないなら、それ自体が判断材料になる。
  • 同職種の求人票を10件以上並べ、固定残業代を引いた実質で水準を比べる。
  • 社外の人と一度話す。社内の物差ししか知らない状態から抜けるのが目的。
  • 確かめる行為と辞める行為は別。不可逆な決断はかなり後ろの段階で発生する。
  • 確かめた結果として残るのも結論。納得できない箇所が特定できれば手が打てる。

まとめ

転職活動という言葉が、確かめる行為と辞める行為を混ぜてしまっています。実際には、不可逆な決断が発生するのはかなり後ろの段階です。

職務経歴を書き出すのも、求人票を読むのも、面談を受けるのも、すべて引き返せる行為です。それなのに最初の一歩を辞めることと同じ重さで考えるから、確かめること自体が止まってしまいます。

確かめずに残ると、不満だけが持続します。給与が低いのか自分の見方が偏っているのかを判定できないまま、判断が先送りされていきます。先送りは無料に見えて、選択肢を少しずつ削ります。

確かめたうえで残るのは、まったく別の状態です。納得できない部分がどこなのかを特定できれば、手が打てます。そして何より、残っているのではなく残ることを選んだ、という感覚が残ります。同じ職場にいても、この差は小さくありません。

📋 この記事の要点

  • 転職活動と、実際に辞めることは別の行為
  • 不可逆な決断が発生するのは、かなり後ろの段階
  • 確かめずに残ると不満だけが持続し、判断の先送りが選択肢を削る
  • 確かめて残ると、納得できない箇所が特定でき、手が打てる
  • 最小限は3つ。職務経歴の書き出し・求人票10件・社外の人と一度話す

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