名言の全文と意味
人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである。
— アルフレッド・アドラーの考えとして紹介される言葉
オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーが説いたとされる考え方です。日本では書籍『嫌われる勇気』を通じて広く知られるようになりました。
一読すると極端に聞こえます。お金の悩みも、健康の悩みも、対人関係だと言われると納得しにくいところがあります。
ただ、アドラーの主張は「悩みの原因がすべて他人にある」ということではありません。悩みは、他者の存在を前提にしてはじめて成立するという構造の話です。
収入が少ないという事実そのものより、人と比べたときの引け目が苦しい。容姿が気になるのは、見る他者がいるからです。
アドラーは、宇宙にただ一人であれば悩みは生じないという趣旨の言い方をしたと紹介されています。悩みが立ち上がる条件を指摘した言葉だと理解できます。
この名言が生まれた背景
アドラーは1870年に生まれ、フロイトと同時代に活動した精神科医です。一時期はフロイトの研究会に加わっていましたが、のちに袂を分かちました。
分かれた理由のひとつが、原因ではなく目的から人を見るという立場でした。過去の出来事が現在を決めるのではなく、人は何らかの目的のために現在の行動を選んでいるという考え方です。
この立場に立つと、悩みの見え方が変わります。過去のせいで苦しんでいるのではなく、今の対人関係のなかで何かを避けたり守ったりしている、と読むことになります。
そしてアドラーは、人が生きるうえで避けられない課題を三つ挙げたとされています。
📐 アドラーが挙げた三つの課題
仕事の課題
働くこと。分業を通じて他者と関わる。
交友の課題
友人との関係。利害を離れた関わり。
愛の課題
家族や伴侶との関係。最も距離が近い分だけ難しい。
三つとも、他者を抜きにしては成立しません。生きることの課題が、そもそも対人関係の形をしているという整理になります。
ここから、有名な「課題の分離」という発想が出てきます。ある事柄の結末を最終的に引き受けるのは誰かを見分け、他人の課題には踏み込まないという考え方です。
なお、これらは日本では岸見一郎らの著作を通じて広まった整理でもあります。アドラー自身の著述と、後の紹介者による整理は、区別して読むのが正確です。
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この言葉を理解するには、アドラーの基本的な立場を押さえておく必要があります。
フロイトは、現在の症状を過去の出来事から説明しました。原因があって結果がある、という因果の見方です。
アドラーはこれと異なる立場を取ったとされています。人は何らかの目的のために、現在の行動や感情を選んでいるという見方です。
たとえば、人前で話すと極度に緊張して声が出なくなるとします。因果で見れば、過去に恥をかいた経験が原因だとなります。
目的から見ると、別の読み方が出てきます。緊張という状態を用意することで、評価される場面を避けるという目的を果たしているのではないか、という問いです。
この見方は厳しく聞こえますし、実際に反発も受けます。ただ、目的から見る利点は明確です。原因は変えられませんが、目的は選び直せます。
そして、その目的はほとんどの場合、他者との関係のなかにあります。避けたいのは他者からの評価であり、守りたいのは他者から見た自分です。
ここで冒頭の一文に戻ります。悩みが対人関係の形をしているというのは、目的が他者との関係のなかに置かれているということでもあります。
ビジネスでの活かし方と例文
職場で効くのは、悩みを自分の課題と他人の課題に分けて考える使い方です。
評価に納得できない、相手が動いてくれない、陰で何か言われている。どれも苦しいですが、自分が動かせる部分と、そうでない部分が混ざっています。
分けたうえで、動かせる部分にだけ手をつける。動かせない部分に力を注ぐから消耗する、という見方です。
評価に納得できないとき
評価するのは相手の課題、材料を出すのは自分の課題と分けます。
例文:
「評価の結果自体は上長の判断なので受け止めます。そのうえで、次の期に向けて何を見ていただければよいか、判断の材料を具体的に教えていただけますか」
相手が動いてくれないとき
相手を変えようとせず、条件のほうを動かします。
例文:
「進め方を変えていただくのは難しいと理解しました。こちらで前倒しできる工程を洗い出しますので、締切の運用だけ相談させてください」
1on1で部下の悩みを聞くとき
切り分けを一緒にやる形です。
例文:
「今の話のうち、自分で動かせるのはどこまでだと思いますか。動かせないところは一旦こちらで引き取るので、動かせる部分に集中しましょう」
💡 この考え方を使うときの三点
- 「原因がすべて他人にある」という主張ではない。悩みが成立する条件の話。
- アドラーは原因ではなく目的から人を見る立場を取った。
- 仕事・交友・愛という三つの課題は、どれも他者を前提にしている。
- 課題の分離は、自分が動かせる部分に力を集中するための道具。
- 日本での整理には紹介者の解釈が入っている。原典と区別して扱う。
課題の分離は、相手を切り捨てる口実にはなりません。関わり方を選ぶための考え方です。
課題の分離を、職場で誤用しないために
課題の分離は使いやすい反面、誤用されやすい考え方でもあります。
典型が、相手の課題だから関係ない、と切り捨てる使い方です。分離は、関わらないための理屈ではありません。
アドラーの整理では、分離のあとに「共同体感覚」という概念が続きます。他者を仲間と見て、自分の居場所を築いていくという方向づけです。
つまり、分けるのは前段にすぎません。分けたうえでどう関わるかが本体になります。
職場での実務に落とすと、こうなります。相手の判断は相手のものとして尊重する。そのうえで、こちらが渡せる材料は渡す。強制はしないが、放置もしない。
人事考課の場面で考えると分かりやすくなります。評価を下すのは上長の課題ですが、判断材料を揃えるのは本人の課題です。
ここを混ぜると、評価そのものへの不満に力を注ぐことになります。分けておけば、次の期に何を積むかという行動に移れます。
もうひとつ注意したいのが、分離を相手に要求しないことです。「それはあなたの課題です」と言われた側は、突き放されたとしか受け取れません。
この考え方は、自分の側の整理に使うものです。相手を動かす道具として持ち出した時点で、対人関係の悩みを一つ増やすことになります。
もうひとつ、実務でよく使われるのが「勇気づけ」という概念です。
アドラー心理学では、ほめることと勇気づけることを区別するとされています。ほめるのは上の立場から評価を下す行為で、上下関係を前提にしてしまうという見方です。
これに対して勇気づけは、対等な立場から、相手が自分で課題に向かう力を支えることを指します。結果ではなく、取り組みそのものに目を向ける形です。
職場に置き換えると、「よくやった」ではなく「助かった」に近い言い方になります。評価ではなく、こちらが受け取ったものを伝える形です。
この区別を知っていると、フィードバックの設計が変わります。評価は制度の場面で行い、日常のやり取りでは貢献を伝える。役割を分けたほうが、どちらも機能しやすくなります。
最後に、この考え方の限界にも触れておきます。
アドラー心理学は、目的から人を見る立場を取ります。ただ、これをそのまま当てはめると、困難な状況にある人に対して「あなたがそれを選んでいる」と言うことになりかねません。
実際には、選べる余地がほとんどない状況もあります。健康、家族の事情、経済的な条件。本人の目的だけで説明できるものではありません。
自分の整理に使うのは有効ですが、他人の状況を説明する道具として持ち出すのは避けるべきです。この点は、紹介者たちも繰り返し注意を促しています。
似た意味の名言・格言
- 「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」(孔子)— 他者との関わり方を扱う点で通じます。
- 「変えられるものと変えられないものを見分ける」— ニーバーの祈りとして知られる一節。課題の分離と発想が近い位置にあります。
- 「心理的安全性」— 対人関係の質が成果を左右するという、組織論での現代的な整理です。
- 「嫌われる勇気」— アドラーの考えを対話形式でまとめた書名。日本でこの考え方が広まる契機になりました。
共同体感覚という着地点
課題の分離だけを取り出すと、この考え方は冷たく見えます。実際には、その先に置かれた概念があります。
アドラーは「共同体感覚」を重視したとされています。自分を大きな集団の一部と見て、そこに居場所があると感じられる状態を指す概念です。
順序としては、まず分ける。他者の課題に踏み込まず、自分の課題に集中する。そのうえで、他者を仲間として見る方向へ進むという流れになります。
ここが抜けると、分離は孤立と区別がつかなくなります。「他人は他人」で止まると、悩みは減っても関係は痩せます。
職場に置き換えると、貢献という言葉になります。評価されるかどうかは相手の課題、貢献したかどうかは自分が判断できる。承認を待たずに、貢献感を自分で持てるかという問いです。
心理的安全性が組織の側から整えるものだとすれば、こちらは個人の側から立つ足場にあたります。両方あって成り立ちます。
孔子の己の欲せざる所は人に施すこと勿れが示すように、他者との距離をどう取るかという問いは古くからあります。アドラーはそこに、分けたうえで関わるという順序を加えました。
まとめ
「すべての悩みは対人関係の悩みである」は、アドラーが説いたとされる考え方です。日本では『嫌われる勇気』を通じて広く知られるようになりました。
これは悩みの原因がすべて他人にあるという主張ではなく、悩みは他者の存在を前提にしてはじめて成立するという構造の指摘です。
アドラーは、原因ではなく目的から人を見る立場を取りました。そして仕事・交友・愛という三つの課題を挙げましたが、どれも他者を抜きには成立しません。
実務で効くのは課題の分離です。動かせる部分と動かせない部分を分け、動かせる部分にだけ手をつける。分けたうえで関わり方を選ぶための道具になります。
📋 この記事の要点
- アドラーが説いたとされ、『嫌われる勇気』を通じて広まった考え方
- 原因が他人にあるという意味ではなく、悩みが成立する条件の話
- アドラーは原因ではなく目的から人を見る立場を取った
- 仕事・交友・愛という三つの課題は、どれも他者を前提にしている
- 課題の分離は、相手を切り捨てる口実ではなく関わり方を選ぶ道具
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